不便がないのがいいところ、子ども達に残していきたい飯山の暮らし
飯山仏壇の伝統を受け継ぐ3代目、春栄堂の高橋さん。世のニーズとのギャップや後継者不足で、決して楽ではないと言われるものづくり産業。飯山に戻って8年目の高橋さんに、地元目線で取り組む課題や期待、感じている地域のリアルをお伺いしました。
戻ってくるとは思わなかった地元・飯山
店舗を構える通称仏壇通りが高橋さんの生家。
「私が小さい頃はまだ飯山にもデパートやゲームセンターがあって、仲間と集まって遊んだ思い出があります。今思うと、活気があったっていうのかもしれないですね。飯山の周辺は自然が豊かだって、感覚的に知ったのも子どもの頃だと思います。河原で温泉を掘ったり魚のつかみ取りをしたり、楽しかった記憶があります」。
4人兄弟の2番目。早々に研究者の道に進むことを決めた兄と、家業を継いで工場に入った弟を見ながら、関東圏に進学、就職を決めた高橋さん。
「家業はてっきり、弟が継ぐものだろうと考えていました。経営を学び、大学を出て就職したのはアミューズメント業界。クレーム対応で時間が過ぎて、うっかりすると帰るのは午前様。慌ただしい日々を過ごしていました」。
飯山に帰るのは夏休みやお正月くらいだった高橋さんがUターンを考えるきっかけになったのは先代の社長である父からの電話でした。
「結婚して、暮らしを考え始めるタイミング。昇進試験を控えていて、今のライフスタイルで本当にいいのかなと考えていたところに“飯山に帰ってきてくれないか”と電話が来たんです。全然考えもしないことだったので、まずは妻に相談しました。妻は横浜出身でいわゆる都会っ子なんですが“飯山もいいんじゃない?”となって。そこからはトントン拍子です。2011年に地元に戻ってきました」。
恥じない伝統を、未来に向けて残したい
飯山に戻って入った伝統工芸の道。小さい頃から馴染みがあったはずの工場も、働いている環境には大きな変化を感じたと言います。
「多いときは3、40人職人さんが出入りして賑やかだった時もありました。今はその10分の1くらい。高齢化も進んでいて、一番年下が私の弟、後は50代、60代です。このままでは本当に技が途切れてしまうと感じる瞬間もありますし、既に人手が足りずできない作業も出始めています」。
春栄堂が扱う飯山仏壇は、大きく5つの職人技を持ち寄って完成に至ります。
製品が出来上がるまでは最短でも3ヶ月。出来上がるまでの期間もかかり、1年間に出荷される量は5、6本。
「住まいの環境や世の中のニーズが変わってきているのはヒシヒシと感じます。しかし、歴史あるこの一品が欲しいとお問い合わせくださるお客様のためにも恥じない作品を作り続けていきたいです。受け継がれる技術は本当に確かなもの。何に活かすことができるのかは模索中で課題が残りますが、絶やしてはいけないものだと改めて感じています」。
戻ってきて気付いた飯山の良さを、もっと
春栄堂の経営と並行して、地域内ではまちづくり活動にも取り組んでいる高橋さん。
「青年会議所(JC)や商工会、仏壇組合など地域の付き合いに週末を費やすことが多いです。夏には伝統工芸を身近なものにしてもらおうと体験イベントを行なったり、JCでは戸狩で田んぼを借りて保育園、幼稚園生、小学生の親子体験として、稲作をやったりしました。どこか頭の片隅にでも、大人になった時、ふと体験の事を思い出してくれる子がいたら嬉しいですね」。
そうした取り組みで一緒になった人たちとまたコミュニケーションが生まれ、新たなジャンルの仕事が展開することもあるそうだ。
「戻ってきて1番感じるのは、田舎と都会の“忙(せわ)しなさ”の違いです。外に出なければいけない用事は田舎の方が多いですが、ギスギスした人間付き合いは圧倒的に少ない。忙しないと感じることが減りました」。
また、イベントが多いのも飯山の特徴かもしれないと話す高橋さん。
「お祭りがたくさんあるんです。都会育ちの妻も驚くくらいイベントは豊富。それを単発的ではなく、もっと継続的な活気として日常に根付かせていきたいです」。
例えば、と注目しているのはお寺めぐり。
「今の飯山へ観光に来る人は、ツアーで時間が決まっていることもあり、人気スポットだけの滞在ですぐ次のスポットへ移動、と忙しそうにしています。飯山は仏壇通りだけでもお寺が5,6件あります。それをいかし、現在ツアーに組み込まれている人気スポットや内山紙、飯山仏壇の伝統工芸体験なども組み込み、飯山のまちがおおきな体験観光スポットにすることができれば、日常的なコンテンツが増えていくのでは、とか。食べ物や自然体験、せっかくある恵まれた環境をもっと活かすことができれば、高齢化や担い手不足の課題解決にも繋がっていきそうと感じます」。
日々の暮らしに不自由しないところが飯山の1番の良さ。山に海にウィンタースポーツ、1時間あればたっぷり遊べるフィールドも待っている。
「付加価値を見つけながら、技術に磨きをかけながら、少しずつ今後を探っていきます」。
日常を大切に、街に新しい活気を見出そうとする高橋さんの笑顔が印象的だった。