「生きる」を、選べる地域に。
飯山市 足立正則市長 × 長野県立大学 CSI 大室悦賀センター長による「若者定住と移住定住」対談
日本の原風景が感じられるまちとして「遊歩百選」のひとつに選ばれている長野県飯山市。島崎藤村が「小京都」と表現し、飯山市瑞穂地区は、かつて北信濃三大修験場のひとつとして優れた修験者が行き来するなど、飯山の風情と文化的背景は、多くの人の心を引き付けています。
足立市長は、これまでに新幹線飯山駅関連事業や、アウトドア拠点施設「信越自然郷アクティビティセンター」の開設、信越9市町村での広域観光連携の事業を進め、若者会議の設置、子育て支援の複合施設である飯山市子ども館「きらら」の開設など、特に子育てや福祉、教育に力を注ぎ、市民との対話を大切にしながら、現場から考える施策を実現してきました。
市長任期の2期目が終わってから1ヶ月半、市内の全集落をまわり、時代とともに変わる飯山を自身で確認。3期目を迎えた足立市長が「若者定住と移住定住」に注力したいと話す背景には、どのような思いがあるのでしょうか。
2018年9月11日、長野県飯山市と長野県立大学は、地域産業や文化の振興、まちづくり、人材育成、生涯学習、学生の教育などの分野で、行政や地域住民が教員や大学の学生と協力して進めていこうと、包括連携協定を結びました。
そこで今回は、飯山市瑞穂地区にある古民家宿泊施設「小菅の里 七星庵(https://kosuge-nanahoshi.jp/)」で、足立市長と、この協定において大学側の窓口となる長野県立大学 ソーシャル・イノベーション創出センター(CSI)の大室センター長が「若者定住と移住定住」について対談しました。
昭和26年4月16日生まれ、東京工業大学工学部卒
昭和53年4月 飯山市役所入所 民生部長、総務部長歴任
平成19年4月 飯山市副市長就任
平成22年9月 飯山市長就任、現在
長野県立大学 グローバルマネジメント学部 教授
企(起)業家コース長
ソーシャル・イノベーション創出センター長
仕事やキャリアの「成功」と、「幸福」は別物
足立市長「日本における高度成長期には、農村から都市部の偏差値の高い大学進学を目指し、一流企業に就職をして、都市部で生活をするための高い収入を得る、そういう生き方が目指すべきモデルとなりうる時代でした。もちろん、この飯山からも若者がたくさん都市部へ向かったわけです。
ただ、仕事やキャリアで成功を収めることが本当に幸せだったのかというと、必ずしもそうではなかったと思うんです。住宅購入のために都心からやや離れた場所に住んで、朝は通勤ラッシュに揉まれ、夜遅くまで仕事をして、寝るために自宅へ帰る。こうした働き方が、人生のほとんどを占めていた。でも当時は、それによってある程度自分の人生が見通せたんですよね。ゆくゆくは管理職に就き、そして安定した老後が待っている。ところが高度成長期が終わると、同じように働いても先が見えない。人生設計が難しくなっていると思うんです。そのため今、「働く」と「生きる」の価値観に、根本から向き合いなおす必要性があるのではないかと。
飯山は豪雪地帯で、雪が多いところは3mほど積もることもあるんですが、私が中学生くらいの頃までは除雪がありませんでした。村と村の間は一面の雪原で、とてもまちまで出て行けない。でも長野市あたりは、ほとんど積もらない。雪の少ない地域を見ると、うらやましいなあと感じるところもあって。東京の大学へ進学したんですが、夏休みに飯山に帰ってくるとほっとするわけです。空気がきれいで、水も美味しい。それから、道路除雪体制もよくなり、冬でも車で市内を移動できるようになりました。雪を克服することが可能になったんです。
さらに、東京から飯山まで1時間41分。長野から飯山へはわずか11分。北陸新幹線飯山駅の開業によって、環境が良く、環境も良いという場所になった。インフラや社会制度の整備が進んだことで、都市部だけでなくさまざまな地域で、自分がやりたいことと、なりわいとのバランスを取れる、つまり自分らしい生き方を求めることがようやく可能な時代に入ったのではないかと思うんです。」
大室センター長「高度成長期以降、多くの地方都市が、ミニ東京化する現象が起きてしまいましたよね。ミニ東京化ではなく、利便性と環境のバランスが取れているという視点では、足立市長はどのようなことをお考えなのでしょうか。」
足立市長「ミニ東京化は、東京の利便性を目指してまちを整備していくことだと思いますが、それはあくまで東京に似せたものにしかすぎないですよね。私はまちづくりの基本構想に「自然と共生する」という価値観を入れました。心地よく感じられる自然が生活の基盤にあって、でも以前より便利な生活ができている。飯山は、幸いにして豪雪地帯です。何が幸いかというと、まちの開発がされてこなかったんですね。住宅は増えましたが、私が過ごした子どもの頃と変わらないような原風景が残っている。この風景や暮らしの質といったものを大切にしながら、生活の糧となる収入面を、どうつくるか。暮らしの構成要素の中で、働くことは特に重要ですね。」
「働く」と「生きる」を一致させるための土壌づくり
大室センター長「いま、働き方がどんどん変わってきています。働く場所をオフィスに縛られる人は、これからどんどん減ると思うんですよ。東京に縛られる必然性もなくなってきている。そういった新しい価値観が広がってきているいま、「自然が豊かな上に、ある程度便利である」飯山は大きな魅力ですね。
「ブレジャー(ビジネス+レジャー)」、「ワーケーション(ワーク+バケーション」など、働く場所を問わずに仕事をする人たちが、リフレッシュも兼ねて飯山に滞在することもできる。千曲川のほとりで仕事をしたり、時間があれば正受庵(しょうじゅあん)など、歴史あるお寺で座禅を組んだり。たとえばこの「小菅の里 七星庵」も、室内はとても暖かいし、景観もいいし、Wi-Fiもある。自然の中に仕事を持ち込んで、時折リラックスのために散歩をしたりするのにぴったりですよね。自然を満喫しながら働く、学べる。
「働く」と「生きる」を分けて考える時代ではなくなってきたからこそ、人と人とのつながりの中で、どう地域の課題と自分の課題を一致させるような小さな経済循環を積み重ねていくか、そうした新たな飯山の未来を描いていく必要があると思うんです。」
足立市長「企業誘致のような考え方ではなく、個人としての「働く」と「生きる」がかなえられるような飯山に、ということですね。確かに、工場団地をつくって企業を誘致するというのは、ある意味では高度成長期の発想がもとにある気がします。あくまで個人が、どう自分らしく生きていくか。
一方で、飯山で起業をする、何か新しいことを始める人にとっても、「自然が豊かな上に、ある程度便利である」ことは魅力ですね。遠方からの来客ものぞめるし、商いを維持していくのに都会ほどコストがかからない。
本年度は、長野県立大学ソーシャル・イノベーション創出センターとの連携事業として、担い手のコミュニティをつくり、飯山エコシステム(※)を可視化させる「飯山 Good Business Meeting」というイベント開催しています。それから自分の興味や好きなことを小商いにする土壌をつくるための「女性起業塾」の開催も。これらのチャレンジを発信するWebサイト「飯山 Good Business(iiyamagoodbusiness.net)」も開設されましたが、いずれも、飯山で「働く」と「生きる」を一致させていくようなチャレンジを応援する取り組みです。
それから、国際的な場で仕事をされている海外の方も、飯山という場所を選んでくれているんですよ。まだ数人ではありますが、いま飯山で起きている、新しい動きです。」
自分らしい生き方が実現できるまち、飯山
大室センター長「これはあくまで私の印象ですが、外とのインタラクション(相互作用)という面においては、まだ弱いイメージがあるんです。たとえば、飯山の農家さんが育てた野菜がお裾分けで循環するだけでなく、外から人が入ってきた時にも循環するような仕組みがあるといいなと。市民のみなさんも、役所も、地域の企業も含めて、外の人に対してもっとひらいていく必要があるのかもしれません。特に子育て世代は、安心できる食への関心が強いですから。」
足立市長「そうですね。飯山は、移住定住について比較的早い時期から着手してきたんですが、どちらかというとリタイアされた方や、田舎暮らしをしてみたい方をターゲットにしてきました。子育て世代や、パソコンとWi-Fiさえあればどこでも仕事ができるような新しい働き方に合わせた整備が必要になりますね。」
大室センター長「飯山は、アーティストもターゲットになりうるのではないかと思います。映画『阿弥陀堂だより』、島崎藤村『破戒』の舞台になるなど、飯山はたくさんの小説、絵画、映像の舞台になっていますよね。50人を超える飯山にゆかりのあるアーティストが活躍していると聞きます。
たとえば、空き家や廃校、宿泊施設、温泉などを活用したアーティスト・イン・レジデンス(※)をつくりたいですね。飯山にアーティストを招いて、長期滞在しながら作品をつくってもらう。小中学校の授業やクラブ活動に協力してもらえば、多少の収入を得ることができるでしょうし、子どもたちが日常的にアーティストと触れ合える環境は、ひとつの特長になりますよね。
飯山の背景や文脈を自由に解釈してもらって、その人なりの表現をしてもらう。そうすることで、外の人はもちろん、中の人も気づかなかったような飯山の価値を見い出す可能性もあると思うんです。
それから、感性は子どもだけのものではなく、大人こそ大切なもの。ビジネスの世界でもいま、アートが注目されています。20世紀的なビジネスは行き詰まりを露呈していますが、これまでとは違う考え方や、それこそ感性がないと勝つことができない時代になっていて、アートとビジネスの掛け算が世界中で行われているんですね。だから、感性を学びたいビジネスマンはたくさんいるはずです。」
足立市長「飯山の風景は、確かに大きな資源ですね。寒暖の差が大きく、四季の変化が鮮やかなんです。特に雪に閉ざされる季節は、冬山の白さが本当に美しい。
以前、景観学者の中村良夫先生に「みんな飯山市は風景がいいと言うけど、どうしてなんでしょう?」と尋ねたんです。そうしたら飯山は、外的環境から網膜が刺激を受け取って脳内で美しいと認知される、ちょうどいい角度に山の景観があると言うんですね。山が近いと圧迫感を感じるし、低くても美しさは感じられない。飯山は、どこをみてもだいたい同じように山々に囲まれていて、非常に面白い場所であると。」
大室センター長「今どきに言えば、フォトジェニック。」
足立市長「そうですね、インスピレーションが感じられるということですね。」
大室センター長「僕は、そのインスピレーションを直接的に感じることと、間接的に感じることの、両方があっていいと思うんです。絵画や映画といった作品を鑑賞することで、心に残る、そんなインスピレーションもある。」
足立市長「そうですね。若い人の定住と、移住定住の両方に言えることですが、この飯山で自分らしい生き方が実現できることをビジョンとして、飯山の自然という資源を生かしながら、人生の質を高めることができるまちにしていきたいですね。」
大室センター長「安心してチャレンジができるとか、自己実現ができるとか。自分の価値観を持って、自分らしい選択できることが大事ですね。「生きる」を、選べる地域。」
足立市長「自分の生き方をつくることは、本来、なんの制約も受けないはずなんです。思い思いに、自分らしい人生を楽しんでほしいと思います。」
(対談ここまで)
対談終了後には、飯山市と長野県立大学ソーシャル・イノベーション創出センターが一致協力して飯山の課題解決に挑戦していくことを誓って、おふたりの間で固い握手が交わされました。
ちなみに、連携事業は来年度以降、さらに具体的な事業化支援やエコシステムの進化に向けて取り組んでいくのだとか。
個人がワクワクしてやりたいことをかなえ、熱中して取り組むエネルギーが人と人とのつながりをつくり、小さな経済循環をもたらす。そうした、いきいきと生きることこそが、飯山の未来をつくる源泉となるのかもしれません。