村松裕也さん:地元の酒「北光正宗」を守りながら、杜氏として技術を高めて国内外へ挑む角口酒造店6代目

25歳の若さで酒造りの総責任者である杜氏に就任して12年になる村松裕也さん。地元で長く愛される奥信濃の地酒「北光正宗」の伝統を大切にしながら、地元外、そして海外でも評価される酒造りにも熱心に取り組んでいます。

さまざまな製造技術を身につけるためのマニアックな試験製造ブランドや、同級生の酒蔵の跡取り5人でテーマに沿った日本酒をそれぞれが作る「59醸(ゴクジョウ)」の活動など、日本酒ファンの話題を集める企画で情報発信にも力を入れています。

角口酒造店の6代目として、蔵を発展的に成長させるために続けてきた数々の挑戦についてお聞きしました。

長野県飯山市にある明治2年創業の酒蔵、角口酒造店の長男として生まれ、高校まで地元飯山で過ごした村松さん。代々長男が継いできた酒蔵の6代目になるべく、ごく自然な流れで東京農業大学 応用生物化学部 醸造科学科に進学しました。

卒業後すぐに角口酒造店に入社。酒造りの総責任者である70歳代の杜氏(とうじ)のもとで日本酒の製造技術を学びはじめました。

「一般的に酒蔵はオーナー業が継承されるもので、酒造りは杜氏をはじめとする専門職人を雇って行います。角口酒造店でオーナーが製造に関わるのは、自分が初めてでした」

酒造りの現場に立ってからわずか1年半後。杜氏が体調を崩して引退し、村松さんが新しい杜氏に就任することに。当時25歳。長野県で最年少の杜氏となりました。

「杜氏は酒造りの総責任者として、製造技術だけでなく、蔵で働く人の管理まで、すべてを見なければなりません。経験豊富な60〜70歳代のベテラン職人に指示を出すのは、正直きつかったですね」と、淡々と語る村松さん。

想定外に早い杜氏就任ではありましたが、意外と冷静だったそうです。

「現場で何かを感じていたんでしょうね。実は1年目から杜氏の視点で物事や数字を見ていました。それまでの杜氏は、職人の中から次を育てるということができていなかった。そのころは品質的にも課題があって、昔ながらの製造方法で、昔ながらの酒を作り続けていればいいわけではない…と思っていました。自分なりの構想がありました」

画像提供:角口酒造店

北光正宗のルーツは守りつつ、地元外へも展開を

長きに渡り地元向けの日本酒を造っていた角口酒造店でしたが、この先人口減少が続くことは明らかで、発展的に成長をしないと今の規模すら維持できないと感じていた村松さんは、販路を拡大するための営業に取り組みはじめました。冬の酒造り期間以外は、県内外や海外にも営業に出ていたそうです。

「当時流行っていたのは、濃くて、甘くて、香りの高いジュースみたいな日本酒。北光正宗はその真逆の淡麗辛口で、いちばん流行らない酒。どうやって売ればいいのか苦労しました。もっとわかりやすい酒を作れ、とも言われましたね」

とはいえ、地元と東京で異なる酒を出すことは、北光正宗のストーリーがつながらず意味がないと、何を言われても受け流していました。

「地元の人は地元で採れたものを毎日食べて、地元の米と水で作られた日本酒をいっぱい飲む。北光正宗の定番酒「優撰」は、まさにいつもそこにあるもの」

そんな存在のお酒を造り続けることで、北光正宗のルーツは守りつつ、そこから枝葉を分けるような展開を進めていきました。

その後、世間の日本酒の趣向も多種多様になり、取引先をこつこつと増やして、いまでは全国で特約店は約60社に。それまではゼロだった長野県外の特約店は約30社になりました。

北光正宗のルーツである「優撰」

さまざまな製造技術に挑戦!「北光トライアルシリーズ」

「実は営業は苦手で、自分は完全な技術屋」と言う村松さん。「ルーツと真逆の酒を作らないのはいいけれど、作れないのは技術者として違う」という考えで、試験製造ブランドである「北光トライアルシリーズ」を2012年から開始しました。

個人的に興味のある製造技術や素材の組み合わせを試しながら、2022年3月時点で、28種類を製造しました。

【北光トライアルシリーズの一例】

  • 北光トライアル-001 低精白80%純米酒(24BY)
  • 北光トライアル-002 低精白80%モダン山廃純米(24BY)
  • 北光トライアル-026 限界吸水純米大吟醸(R1BY)
  • 北光トライアル-028 ワイン酵母特別純米(R1BY)

(BY=ブリュワリーイヤー/酒造年度)

1回100〜200本の小ロットで製造し、ラベルには製造法などの説明がびっしりと書かれた「論文」が掲載されています。

001〜010のトライアルの論文をまとめた冊子の自費出版もしました。
画像提供:角口酒造店

「めちゃめちゃ甘い酒を北光ブランドで出すと、お客さまにびっくりされるだろうけど、試験的に製造したものですよ、ということであれば、おもしろがってくれるだろうと。トライアルシリーズは、商品としては完全に日本酒マニア向けです」

自社店舗では販売せず、直接取引をしている酒屋での限定販売。日本酒マニアである購入者からのフィードバックをいただくため、QRコードからアクセスできるアンケートページも用意されています。

いろいろな試験は、通常製品をレベルアップさせることにつながり、最初のトライアル低精白80%の日本酒は、ブラッシュアップされて秋の純米酒という製品になりました。

「トライアルシリーズをやることは、蔵の体質改善というか、古い血を替えていくような作業にもなったと思います。自分や従業員にとって、常に何かを考える、アンテナを張り続ける土壌になっています」と、村松さんは言います。

画像提供:角口酒造店

全員昭和59年度生まれ。信州の酒蔵跡取りユニット「59醸」

一方、日本酒にあまり親しみのない若者へのアプローチを狙って取り組んでいるのが、村松さんと同じ昭和59年度生まれで、長野県の酒蔵の跡取り息子という共通点を持つ5人メンバーで構成された「信州59年醸造会」、通称「59醸(ゴクジョウ)」の活動です。

2015年にメンバーが30歳の時に結成され、40歳になるまでの10年間、毎年テーマを定めた極上の日本酒をそれぞれが製造します。

結成のきっかけとなったのは、講習会で知り合った福島県の酒蔵の跡取りから、地元に同級生の跡取りがたくさんいるという話を聞いたことでした。長野県は全国で2番目に酒蔵が多い県。同級生の跡取りの知り合いはすでに3人いて、さらにリサーチしてもうひとり見つかりました。

「最初は同じ昭和59年度生まれの人に、自分たちの酒蔵を知ってもらうきっかけにでもなれば…」という気持ちではじめたそうですが、試飲会やコロナ禍ではオンラインイベントも行い、全国の日本酒ファンの話題を集めています。

ユニット名の59醸もそうですが、毎年のテーマも数字にこだわっています。2021年度、7年目のテーマは「七三(シチサン)」でした。

北光正宗の59醸酒。ラベルのデザインがさりげなく七三分けになっています。〈近年、再ブームを起こした「七三分け」のように「昔の王道な日本酒」を2021年版にリバイバル。北光正宗の過去150年と、これからの150年を繋ぐゴクジョウの酒。〉とのこと

59醸にはもうひとりのメンバーとも言える長野市在住のデザイナーがいて(年度は異なりますが、偶然にも昭和59年生まれ!)、ラベルやウェブサイトなどの制作をまかせています。「一見ふざけたようなテーマも、デザイナーから外部の視点で案を出してもらい、内輪受けにならないようにしています」

以前、ラベルのデザインを自身でやろうとして、専門外の作業に心が折れた経験のある村松さん。デザインは専門家に頼むことで、本業である酒造りに集中できるし、全体として良いものが生まれることを実感しているそうです。

59醸(ゴクジョウ)

地域内の酒造りに関わるコラボも

地元の酒蔵の杜氏として、地域内のお酒関連の各種コラボやサポートもしています。

どぶろく特区に認定された飯山市の農家民宿で、2019年から毎年製造されている「どぶろく かまくらの里」に関しては、酒造りに密接する酒税の指導者としてはもちろん、製造に関しても手取り足取りサポートを続け、4年目を迎えました。

村松さんもどぶろくを造るのは初めてのことだったそうで、「日本酒を搾る前がどぶろくなんですが、日本酒でおいしいのと、どぶろくでおいしいのは違うことがわかってきた」と言います。

どぶろく造りの様子。冬季に大きなかまくらの中で鍋が食べられる「レストランかまくら村」で提供されています。

角口酒造店と同じ太田地区の稲作農家である、フェイスファームの水野尚哉さんが栽培する酒米で日本酒を作るプロジェクトにも関わっています。新品種の酒米の試験栽培も兼ねていて、この春から作付けがスタートします。

また、酒税に関する顧問として関わった飯山市に開業したウイスキー製造会社のブレンダーとのコラボで、北光トライアルシリーズの新展開を計画していましたが、新型コロナが感染力を増す中「自分が感染したら、蔵が終わってしまう!」ことを実感して、こちらはいったん白紙に戻すことになりました。

「お酒は悪者」のコロナ禍でやるべきことは?

「コロナ禍において、人とお酒を飲むのはいちばんリスクが大きい行為で、お酒は悪者として捉えられている状況」と言う村松さん。

営業にも行けないため、コンテストで賞をとるのが宣伝になるだろうと、今年度はイタリア、イギリス、フランスなど、海外のコンテストへも出品しました。海外で評価される日本酒造りにも挑戦中で、4月から出荷開始される8年目の59醸酒は、海外向けとして仕込んだものだそうです。

「品質的にいいものを突き詰めて作ること。そんな基本的なことが今やるべきことだと思います」

代々続く酒蔵の6代目として、そして酒造りの技術者として挑戦を続ける村松さん。お酒に対する逆境がいつまで続くのかは分かりませんが、力強く語ってくれた最後の言葉に、雪国に暮らす人の粘り強さを感じました。今後の展開にも期待が高まります。

株式会社 角口酒造店

(2022年3月取材・撮影:佐々木里恵)

 

「飯山Good Business Idea発表会」村松裕也さんプレゼン動画