小林直博さん:地元愛から生まれるフリーペーパー「鶴と亀」。一人多役なライフスタイル

飯山で楽しみ、住み続けるための仕事や暮らしの選び方

フリーペーパー鶴と亀の制作、そしてフリーカメラマン兼編集者として全国を飛び回る小林さん。店頭に置くとすぐになくなってしまうという話題のフリーペーパーが生まれたきっかけやその奥にある地元への愛をお聞きしました。

じいちゃんばあちゃんとヒップホップ

奥信濃の日常を切り取ったフリーペーパー鶴と亀。田舎の美しさを表現するようなものとは真逆の光景が紙面を埋め尽くしています。

そこに写るのは、おじいちゃんおばあちゃんのありのままの姿。JAのキャップを斜めにかぶり、タバコをふかすおじいちゃん。柄オン柄のカラフルな作業着やかっぽう着スタイルで手押し車を押すおばあちゃん。

「一緒に生活していると、おじいおばあにヒップホップを感じて、カッコイイなあと思いました。」

奥信濃で暮らすおじいちゃんおばあちゃんの姿が有り体に映し出されているかのような写真の数々。そして、小林さんが好きだというヒップホップ。どこに共通点があるのでしょうか。

おじいちゃんおばあちゃんの見た目のファンキーさから感じる部分もありますがそれだけではない気がしてきます。

アメリカで生まれたヒップホップは、表現する人の生き様そのものと言えます。
そう考えると、たしかに、映し出されたおじいちゃんおばあちゃんのしわが刻まれた味のある表情には、生き様が見え隠れし、ヒップホップに近いものがあるように感じてきます。
小林さんの目に写ったのは、まさに奥信濃の厳しい環境の中で生きてきた力強い生き様だったのかもしれません。

「鶴と亀」の誕生

三人兄弟の真ん中として飯山の三郷に生まれ育った小林さんにとって、幼いころの遊び場所は畑や田んぼなど自然の中、遊び相手はおじいちゃん、おばあちゃん。

そんな小林さんは中学生の頃から音楽や雑誌に興味を持つようになり、東京へ出てから個性的かつ魅力的な数多くのZINE(※)に出会います。そして、いつしか自分も発行したいという気持ちが湧き上がります。

「ZINEは身の回りのものを表現するおもしろさがあります。自分が作るとしたら、まだ見たことないものを作りたい。それで考えていたら、身近な存在だったおじいおばあを表現してみようって思いました。」

インターネットが発展し便利な時代ですが、逆に情報過多のあまり、ほしい情報を見つけられないことが多いのも事実。のちに見返す時は紙の情報の方が使い勝手が良いと、学生時代から紙の情報をよく手にしていたという小林さん。紙ベースの表現としてフリーペーパーを大学時代に作ります。それが”鶴と亀”でした。

「奥信濃のおじいおばあは基本的にはシャイですよね。写真を撮られるのは恥ずかしがります。でも、本に載ると嬉しかったりするんですよ。市報や新聞に知り合いが載っていたら、みんなで見たり話したり。そんなじいちゃんばあちゃんの姿をそのまんま表現したい。おじいおばあにも見てほしかったし、田舎から都会へ行った若い人たちにも見てほしかったです。まあ一番は、自分が見たいものを作ったという感じですけどね。」

「めんどくさい」が「おもしろい」こともある

飯山での暮らしをベースにしながら、月に二回は出張。中には一週間くらいカメラの仕事で出っ放しということもあるそう。
そんな小林さんの仕事の収入の6〜7割はカメラの仕事。他には講演やイベントの企画プロデュース・運営、チラシ制作、広報など幅広く活躍しています。

「正直自分では、いわゆるビジネスって感覚で仕事はしていないですね。ありがたいことに遊びの延長みたいな感じでやってます。カメラマンやイベントの仕事以外にも、自分の家は田んぼもやってるんで農業もやっていきたいです。どれか一つに絞って仕事しなくても良いんじゃないかと思ってます。奥信濃は昔から一人多役なスタイルで生活してた地域ですし、自分もそんな風に生きたいなと思ってます。30歳くらいまでは種まきの期間だと思って色々なことに挑戦したいですね。」

あえて、不便とも言える田舎生活に身を置くのはなぜでしょう。

「キラキラした暮らしをするためにとか、たくさん稼ぐためにとかなら、ここを選択しないかもしれないですね。でも、どこでどう生きていたって大変なことって絶対あるじゃないですか?きっと。だったらもうここでしょうがねえや!みたいな感じですね。キラキラな暮らしをするために色々選択しているより、この地域の雪が大変だ~とか、あの行事が大変だ~みたいな面倒くさいことに向き合っていたほうが楽しく生きれています。だからこそ、祭りや、漬物みたいな文化が生まれてると思いますし。それがここに住む意味ですかね。」

消防団や祭りもその一つ。
消防団というのは、何かあった時にお互いを支え合うためのもの。“何かあった時にどうするか”本来の自治としての消防団の役割を考えれば面倒なだけではないはずです。地域の祭りも、収穫に感謝する、あるいはそのために近所で力を合わせる必要があるのは田舎ならでは。だからこそ、“分かち合う”文化があると言えます。
小林さんの話は、面倒くさいものも、見方を変えれば面白いということに気づかせてくれます。

「ここから出て行った人が帰りたいなと思った時とか、ここに住みたいという人がいた時に、この場所があるように維持していきたいですね。まずは自分が生きていくためですけど。それができたらいいなって感じです。」

楽しいことや面白いことは都会だけにあるわけではない。暮らしのベースを田舎に置き、定期的に遊びに行くのも一つの方法と言えます。今は、新幹線も高速バスもあります。その気になればすぐに都会にも行ける距離感に身を置き、暮らしも遊びも仕事も楽しむ中から豊かな生き方を見出せるのかもしれません。
“ここに住み続けるための仕事を選択する”という考え方もあるのだと小林さんをみてていて感じます。こうしたフレキシブルな生き方は、これからも増えていったら、地方はもっともっと面白くなりそうです。

※ZINE(ジン)・・・個人が発行する自主制作の冊子