羽多野隆三さん

何よりも、お客様に最高に喜んでもらいたい

飯山市の中心部から離れ、農地が広がる藤ノ木区。
この地に2015年3月1日にオープンし、丸5年を迎えた「旬菜料理はたの」。
落ち着いた雰囲気の古民家で、季節ごとの旬の食材を活かした料理が堪能できるとあって、2ヵ月に1回のペースで通う常連客が多く訪れています。
料理を手掛けているのは、代表の羽多野隆三さん。
春は山菜、夏は天然の鮎、秋はきのこ、冬はジビエが強み。約9割は飯山産という羽多野さんが厳選した食材で、「何よりも、お客様に最高に喜んでもらいたい」と、日々提供しています。

食材へのこだわり

雪が解ければ、羽多野さんが自分で山菜を採りに。冬を迎えても、ムキタケ、ナメコ、ヒラタケなど、きのこが採れるので、12月半ば過ぎ頃までは、山に入ります。
野菜は地元、藤ノ木区の近所の農家から、肉は、飯山に実家があるという猟師の肉を、加工所を通して仕入れています。
「イノシシは塩を振ってステーキソテーにするのが一番おいしい。絶対に信用できる猟師さんの肉しか使っていないので、臭くない、甘みがあって香りがある肉。自信をもって提供できる肉です」
食材は、「絶対に信用できる」と人柄にほれ込んだ相手から仕入れ、そこには、商売としてというよりも、人と人との信頼のつながりがあります。

「最初は山のものを触るのが初めてで、ものの良さを判断することができなかった。どんなものが良い肉か、数をこなさないとわかってこない」
今も勉強の日々で、「修行の頃よりも勉強している」といいます。
店を閉めた後に、勉強のために鴨をさばくなどして、忙しい時は、明け方の3~4時なってしまうことも

29歳で板前の世界へ

はじめから料理をやろうと考えていたわけではなく、「古民家暮らしがしたい」という強い思いが先にあったという羽多野さん。
愛知県出身で、もともとは、農業をやりながら古民家暮らしを―という思いがあったものの、29歳の時に愛知県の地元で板前の世界に飛び込みました。
10代や20代前半に弟子入りするのが普通だという板前修業。
人よりも早く仕事を覚えるために、誰よりも早い時間に店に行き、夜は日付が変わる夜中まで仕込みをし、毎日のまかないをつくり、6年半修行を続けました。
自分よりも年の若い先輩たちに教えてもらおうと聞いても、丁寧に教えてもらえるわけではなく、ひたすら自分で味を見て学んだといいます。

「毎日使う食材は違います。特に山菜は、採れる場所で味が全然違う。なので、後で微調整できるようなるべく薄味にしています」

「うまい味よりも、ほっとする味を目指している。親方からは“うまいものを作るな。そこにあるものを使って、心がほっとする料理を作れ”と、いつも言われていました。“癒される味だね”と言われると、良し!と思います」

苦労した古民家の物件探し

古民家暮らしを実現するために、まずは妻のみどりさんの実家がある中野市で、物件探しを開始。
しかし、5~6年探しても、これだ!という空き家はなかなか見つかりませんでした。
そんなとき、飯山市の移住定住推進課の存在を知り相談してみることに。半年で見つかったのが現在の店舗兼住まいでした。

「この古民家の佇まいと、この土地の雰囲気に一目ぼれしてしまいました」
古民家にすっかりほれ込んでしまったという羽多野さん。
移住前に初めて、冬に家を見に来た時には、2mの雪の深さを目の前にして驚いたそうですが、気持ちが揺らぐことがありませんでした。
古民家に出合って2年後に移住。外壁のペンキ塗りや内装など、夫婦で手を掛けて改修しました。

普通なら、ここでお客様をどれだけ呼べるかと考えるところを、場所を決めてから「どうやってここに人を呼ぼう?」と考えたといいます。
隠れ家のような店を目指していたため口コミだけで広げようと、告知せずにオープン。
はじめの2ヵ月は、まったくお客さんが来ませんでした。
新しいお客さんを紹介してくれた人にお礼の手紙を書くなどしているうちに、徐々にリピーターが増え、今では関東、関西などの県外を含め、市外からのお客さんが7~8割を占めています。

いずれは1日1組限定の店をやりたい

一度に受け入れるお客さんの数は基本2組まで。
自分のできる範囲の中で、心をこめた料理をお出ししたいという変わらない思いを大切にしています。
「来てくださったお客様には最高に喜んで帰ってもらいたいんです。自分たちがやっていて最高に楽しい。作っている人も楽しい、ここに来てくれる人も喜んでくれるのが理想です」

この場所の良さをとことん知ってもらうために、いずれ1日1組限定にし、1組を徹底的におもてなしをする店をやるという目標があります。
「親方には『お前の腕なら、もっと儲けられるからこっちに帰ってこい』と言われるけれど、儲けることには興味がない。今が最高の生活」と羽多野さん。

観光地でもない、街でもない。何にもないからいい―という飯山で、古民家での暮らしと仕事を、心から楽しんでいます。