滝沢弥生さん

飯山の豊かな資源を生かして、自分らしい農の可能性を探る

農薬や化学肥料を使用せず、夫婦二人三脚で、自分たちらしい農業に取り組むやよい農園。滝沢さんは、「6次産業に専念し始めてから約1年。飯山の農業には、まだまだ可能性がある」と話します。農家に嫁ぎ、会社勤めや子育てをしながら新しい挑戦を重ねてきた滝沢さんに、そのバイタリティの源と、今感じている可能性をお伺いしました。

やよい農園の始まり

畑と田んぼの総面積はおよそ1.2ヘクタール。戸狩温泉スキー場の近く、関田山脈の麓にあるやよい農園では、米、豆類、芋類、ぼたん胡椒など惣菜加工用の野菜、そして自家用野菜を栽培しています。

元々はきのこ栽培施設だった主人のご実家を改装し、“やよい農園”として栽培品目を増やし、現在の加工場やパン屋を設けるまでの全ての始まりは、東日本大震災でした。

ご主人が飯山に戻ったのは30歳の時。一緒に家業を手伝うことは苦労も多く、2年が経った頃には、ご両親を含め一旦施設を畳むことも考えたといいます。滝沢さん一家が、止めると決めたタイミングで、起こったのがあの大震災でした。

「テレビで映し出される非日常を目の当たりにして、今の自分たちの暮らしの豊かさを実感しました」と、滝沢さん。「美味しい野菜。豊かな自然。この場所で、大切な家族が食べるものを、自分たちの手で作っていきたい」と、ご主人とともに自分たちらしい“農”を続けることを決意します。とはいえ、それまではきのこ栽培を行なっていたご主人。「農業をやる!」というよりは、家の前の土を耕すところからのスタートでした。

だんだんと田畑を借りて増やしながら模索をしていく中、出会ったのが6次産業という新しい農の形です。

「飯山の産業について教えてもらうなかで出てきた、“雪国で作るパッションフルーツ”がきっかけとなりました。勉強会で6次産業の仕組みを知り、楽しさと事業性を感じたんです」。

さっそく認定業者として申請を出し、当時人気だったシフォンケーキを始め、チーズケーキやパン、お惣菜などの加工業を開始した滝沢さん。長野市でのイベント出店を皮切りに、商談会や地元店舗への委託など、活動はだんだんと広がっていきました。

子育てと仕事、家業の間で揺れ動いた5年間

やよい農園を営む一方、家に帰れば“お母さん”でもある滝沢さん。6次産業の認定業者になったと同時に1人目の子育てがスタートし、現在は男の子2人、女の子1人を育てています。

それに加えて1年前までは、産休育休と復帰を繰り返しながら、社会福祉士として病院勤務も続けていました。

平日は子どもを保育園に預けて働きながら、土日は家の加工場でパンやお菓子を作る日々。

「アルバイトさんに助けてもらいながら、なんとかやってきた」と、話してくれましたが、子どもが泣いたらあやしに布団に戻り、落ち着いたら工場で続きを作って。時には夜中、おんぶしながらパンを焼きに立つこともあったと言います。

「ボロボロになりながら、でも全部が大切で、大好きな仕事でした。人を助けたい思いがあって就いた福祉の仕事も、辞めることは考えにくくて」と、当時を振り返ります。

決心がついたのは、2017年の冬。3人目の育休明けでした。

「米粉でお菓子やパンを作っていることで、アレルギーで困っている人や、食にこだわる人と接する機会が増えてきたんです。自分で直接工夫ができる楽しさ、それが目の前の人の笑顔につながる嬉しさ。よく考えてみると、家業でも人を助けることに繋がっていると気づいたんです」。

福祉の仕事は一旦卒業、と自分で区切りをつけ、一足先に農業に専念していたご主人とともにやよい農園を本格化。最近ではクオリティを上げることもでき、子どもたちも落ち着いてきて、次の構想が見え始めたと言います。

飯山市に食の拠点と交流の場を

「やっぱり料理が好き」と笑う滝沢さんの夢は、いずれ古民家カフェを開くことでした。

2018年、自分たちが作ったこだわりの米粉と安心の野菜を使ったパン屋をオープンして以来、どんどんとお客様も増え、県外まで広がりを見せているやよい農園。このまま加工品を作ることだけをやっていっていいのか、と考える機会が多くなってきたと言います。

「せっかく足を運んでもらっても、ゆっくりできる場所がないのが課題です。ならば、空いている土地に拠点を建てようという思いが強くなってきて。本格稼働させるべく、計画を立て始めました」。

滝沢さんが考えるのは、笹寿司などの郷土料理ではなく、飯山の豊かな食を知り、楽しみながら交流が生まれる “3階建ての食の拠点作り”です。1階には農家食堂、2階には味噌作りなどの体験、イベントスペース。3階はお母さんと子どもが遊べる交流スペース。

「安心安全にこだわったやよい農園だからできる農家食堂。地域のお母さんたちが“行きたい”と思える場所になったらいいな、と構想しています。あとは、私たちだけじゃなく、多くの人に使ってもらえる施設」と、滝沢さん。

その中心には、地域の人たちの間に連携を作りながら“飯山をどうにかしていきたい”という、あたたかな思いがあります。

「自分でできることと、みんなだからできることがあって。飯山には、有機農家さんはじめ、農を取り巻く素敵な人がたくさんいます。良くも悪くも横の繋がりが弱い飯山で、できることはたくさんあると感じています」。

まずは点となっている個々を集結するきっかけを作っていきたい。安心安全な食を中心に、地域に暮らす人の笑顔を紡ぐ滝沢さんの挑戦は、まだ始まったばかりです。