浅野慧さん

飯山市は、まだまだ活かしきれていない資源の宝庫

“アウトドア”と聞いて、どんな場面を思い浮かべるでしょうか?

飯山市近隣では2015年3月から、野沢温泉村、山ノ内町、木島平村、志賀高原や妙高など、9市町村を横断する観光連携が行われています。このエリアを信越自然郷と呼び観光資源の柱の1つとなるものこそが“アウトドア”です。その拠点施設として、飯山駅には“信越自然郷アクティビティセンター”が設置されました。その運営を担うのは、ご自身もアウトドア大好きという浅野さんです。飯山に移住して4年、地域との関わりの基盤が出来てきたという浅野さんに、このエリアに眠る資源や、これからのアウトドアについてお伺いしました。

大好きなアウトドアに関わる仕事がしたい

浅野さんの出身は東京都です。「東京のなかでも自然豊かなあきる野市で大学生までを過ごしました。釣りやキャンプ、山登りなどアウトドアが大好きな子どもでしたね。両親とスキー旅行に行くのも楽しみで。大きくなってからはサーフィンにもハマりましたね」。

大学時代はバックパッカーとして、アメリカ西海岸や中西部のアウトドアの拠点的な町にも旅に行ったと言います。

「老若男女問わず毎日サーフィンしていたり、上半身裸のおじさんが山をランニングしたりといった光景は衝撃でした。アウトドアスポーツが身近にある環境は魅力的で、ライフスタイルを考える上でも影響を受けたと思います」。

大学を卒業後、アウトドア関連の仕事に就きたいと考えていた浅野さん。出会った仕事は、主にアメリカからアウトドア用品を輸入する販売代理店でした。

「自分の好きなものを人に勧める仕事はとても楽しかったです。営業職やプロモーションイベントへの出展、ブランド開発にも取り組みました。アウトドアスポーツのイベントが多い飯山はその頃から来るようになって。だんだんと知り合いも増え、“いつかはこういうところに住みたいな”と思うようになりましたね」と、ぼんやりと移住も視野に入るようになったと言います。

人生の残り時間は意外と短いと気づいた31歳

センター設立の話が来たのは、30歳を過ぎた頃。結婚をして、子どもが生まれ、家族のライフスタイルを考えるのと、ちょうど同じタイミングでした。

「メーカーの仕事もやりがいを感じていましたから、退職して移住という決断までは半年以上悩みました」と、浅野さん。最後の一押しはやはり、飯山でなら実現できると感じた理想のライフスタイルでした。

「当時は毎日、横浜から新宿へ通勤していて。往復で3時間、1ヶ月なら60時間、1年に換算したら720時間、30日!人生でこの時間って無駄かなって、ふと思ってしまったんです」。

実は浅野さんの奥様の出身地は飯山市。「飯山で子どもを育てたい、という思いは妻の方が強くあったかもしれません。家族の後押しも、移住のきっかけになりました」。

移住で実現した余裕のある暮らし

実際の暮らしが始まって一番に思うことは、“とにかく来て良かった”ということでした。

「アウトドアスポーツを楽しむフィールドが持て余すほどある、待機児童などの心配なく、のびのび子育てできる、逆に大変だなと感じることがないくらいです。住む家も1LDKからもともと民宿だった8LDKになって、使いきれない広さなのに家賃は半分以下になりました」と、浅野さん。

通勤前や休日の空いた時間でアウトドアスポーツを楽しむ暮らしも実現し、「どこに行くにも、何をするにも余裕があるのが魅力」と、笑顔で話してくださいました。

また浅野さんは、移住してから間もなく始まった飯山市若者会議で観光アウトドアの部会長を務めるなど、仕事や子育て以外の地域活動にも参加しています。

「まず行政と市民、民間の距離が近いのにびっくりしました。以前は自分の住んでいる町の市長の名前すら曖昧だったので、これだけ興味を持って地域について考える若い人がいることが驚きでしたね」。

逆に行政サイドにも、一生懸命地域のために動いている協力的な人が多いことも印象に残っているといいます。

「どの商売をしていても行政との関わりが出てくるのは、田舎ならではなのかなと。お祭りや消防団など、こちらからも地域に関わっていくことで、外から来た人を受け入れてくれる土壌があると思います」。

アクティビティセンターが地域の窓口になる

「やりがいがある」というアクティビティセンターの仕事は、今年で4年が経ちます。

駅にあるワンストップ施設として、“スーツで来ても、1日このエリアを楽しめるような窓口”を目指しているという浅野さん。その業務内容は、お客様の対応だけにとどまらず、広報やPR、自転車コースの整備や、町内のお店にサイクルステーション設置のお願いに回るなど様々。

「4年かけて、やっとベースが出来てきたという印象です。地域内のアウトドア好きな人とも繋がってきて、今では地域内30程のアウトドア事業者と提携、ツアーの窓口としての役割も果たしています。プログラムの数も、夏は60個、冬が30個くらいになりました」。

遊び仲間が仕事仲間になったり、仕事を通じて友だちが増えたり、ここでも地域に溶け込んで仕事の幅を広げている様子が印象的でした。

「センターで流しているPVの撮影は、地元のアウトドアの達人に出演してもらって、地元のカメラマンに撮ってもらいました。自分の好きなものやことを存分に紹介できるのはやはり楽しいです」。

店内で扱っているグッズにも、浅野さんのこだわりがたくさんあります。便利な商品、役立つ商品はもちろん、地元のオリジナル商品も揃っているので、ふらっと立ち寄ってみるのもオススメ。また、“スーツで来ても”のコンセプト通り、とり揃えるレンタル用品も多岐にわたります。

「アウトドアへの入り口はたくさんあって、料理からでも、ヨガからでも、写真からでも、何でもいいと思っています。センターでは、登山やカヌー、トレッキングなど、いかにも!といったアクティビティはもちろんですが、希望に合わせて遊び方や始め方を提案しています。どんな相談でも、気軽に声をかけてもらえたら嬉しいですね」と、浅野さん。アウトドアの魅力は、“何やっちゃいけない、というルールもあまりなく自分らしく自由に楽しめるところ”と教えてくださいました。

一生かけてアウトドアの定義を変えていきたい

もともとは「アメリカのアウトドアが好き」という浅野さん。コロラド州のボルダーやポーランドなど、今までの人生を通じ肌で感じたアウトドアの魅力を、飯山から世界に広めていきたいと、最後に夢を語ってくださいました。

「ここを選んだ理由の1つに、その光景が飯山でなら実現しそうという直感があります。夏暑くて、冬はこんなにたくさんの雪が積もる環境は世界的にも珍しく、この地域の特徴です。四季を通じて楽しめるのは、フィールドのポテンシャルが高い証拠。都市部からもすぐアクセスできるので、今後ますます色々な人が交わる場所になっていくだろうと考えています」。

「ちょっと今日は車をやめて、自転車で出かけてみよっかな」。アウトドアのきっかけはそんな生活の一部にあります。気軽なアウトドアから、ガチな自然に目一杯飛び込むアウトドアまで、その日その人に1番オススメな楽しみ方を考えてくれる浅野さん。

「地域をもっと知って、楽しみながら発掘していきたいです。目指すは、あの人に聞いたら間違いない!と言われる“1人アクティビティセンター”ですね」と、眩しい笑顔を見せてくださいました。