木原翼さん

ピンチは地域の魅力に変わる。確かな一歩から次へ

飯山市のオリジナルワインを作ろうと活動している飯山市ワインぶどう研究会。2014年に発足し、会員数は約90人にのぼります。その発起人であり、会長を務めるのが、今回インタビューをお願いした木原さんです。旅館業と蕎麦打ち師、農業、そして飯山市ワインぶどう研究会。いくつもの顔を持つ木原さんの、地域での挑戦とその原動力をお伺いしました。

にぎやかだった記憶と外から見た地域の魅力

木原さんの生まれ育った家は、戸狩温泉スキー場からすぐの旅館街にあります。両親が営む手打ちそばの宿石田屋で、賑やかな幼少期過ごした木原さん。住み込みで働く人たちと、大人数で囲む食卓が楽しくて大好きだったそうです。

長野オリンピックが終わり、スキーブームも落ち着いてきた小学生のころには、地域を訪れる人の数は見てわかるほど減っていました。地域全体がどことなく下向き加減になる寂しさを、ずっと肌で感じてきたと言います。

「どうにか地域をもう一度元気にしたい」。高校卒業の時には旅館の経営状況やスキー産業の動向を教えてもらい、新たな挑戦が必要だと考えました。そのために必要なスキルは何かを考え、経営やグローバルな視点を学ぶことに興味を持った木原さんは、駒沢大学グローバル・メディア・スタディーズ学部に進学。大学での4年間は、とても刺激的だったそうです。

「印象深かったのは“マネジメント学”。今も、事業の取り組みに役立っている場面が多々あります。新設されて数年の学部だったので、ハングリー精神旺盛な友人、起業を考える仲間との出会いも刺激的でした」と、当時を振り返ります。

地域から一旦出ることで、新しく気づいた飯山市の魅力もありました。

「山がきれいとか、食べ物が美味しいとか、確かにそうなんですが、それって日本中にあって。飯山市よりもっと凄いところがいっぱいあるんです。なので私は、魅力に欠けることが飯山市の魅力だと感じました。自分のような新参者にも、チャレンジできる環境がたくさん残っているんです」。

知れば知るほど、見れば見るほど、「就職より地元に戻って挑戦する方が面白そうだ」という興味は、どんどん膨らんでいったと言います。ただ、当時はまだ、挑戦のためのツールを決めかねていました。

ワインぶどうを軸に据えたのは、お父さんからの提案がきっかけでした。蕎麦栽培で農業を行っていた木原さんのお父さんは、新しく果樹の栽培にも、大きな可能性を感じていたと言います。

「飯山市はもともと積雪も多く、果樹栽培には適さないと言われている地域です。“ぶどうは前例がない”と市役所からも言われ、理解してもらうのは難しい部分もありましたが、やる人が少ないからこそ、挑戦しがいがあるなと感じました」。

ワインぶどうの今とこれから

高山村にある角藤農園で一からぶどう栽培を学んだ木原さん。「栽培だけでなく、人生の師」と信頼を寄せる佐藤宗一さんの元で、今も修行を積み続けています。

大学を卒業し、飯山に戻って4年。3年を過ぎた頃から木が実を付けるようになり、実績が評価され始めました。今、木原さんが育てているぶどうは、ヨーロッパ系の品種を中心に5種類ほどあります。中でも注目しているのが、白ワインのソーヴィニヨン・ブラン。2017年には、サントリーワインインターナショナル株式会社と連携し、ワインぶどうの新たな産地作りを進めています。

「豪雪地で高品質のワインぶどうが作れる飯山市をブランディング化し、長期的な取り組みとして、飯山産のオリジナルワインも作っていきます」と、木原さんは目を輝かせます。

会長を務める“飯山市ワインぶどう研究会”では、「生産しやすい環境を整え、ジャムやジュースといった6次産業化に取り組みやすい環境を作っていきたい」と、話す木原さん。農家が苦手とする、宣伝や販促、情報のハブ的な役割を担う組織、また栽培にかかる負担を少しでも軽減できるような、機械や肥料をシェアできる仕組み作りを中心に、重要なポジションを担うことが期待されています。

今は、「ワインを飲むことで取り組みを応援したい」という県外のメンバーも多く、今後も時代の変化に合わせた活動にしたい、と木原さんは話してくれました。

チャンスを捉えて肯定していく

地域での一歩を育てていくには、やってくるチャンスを捉え、自分の行動を肯定していくことが大切だ、と木原さんは言います。

例えばぶどう栽培でも、“実が成る”という結果が出ると、まず“栽培ができる”という周囲の納得につながります。「そうすると、”間違っていなかった”という肯定ができてくるんです」と木原さん。「その繰り返しによって、“任せてみよう”“一緒にやってみよう”という信頼や共感が得られます。そうやって、地域の風土も変わっていったらいいなと思います」。

最後に、「まだ公に話したことのない夢はありますか?」とお伺いしたところ、戸狩温泉を中心に、ひとつの村のような企業を作りたい、と大きな構想を教えてくださいました。

「観光と宿泊、そして農業。この3つを合わせていく」という木原さんの夢は、海外の事例にヒントを得て考え始めたものだと言います。

畑や旅館は年々空き、人手がどんどん不足してくる状況は変わりません。しかし木原さんは、そんな地域のピンチをチャンスと捉え、農と宿泊、観光の先に新しい未来を描いています。

ぶどう栽培というひとつの点から多方面にアプローチを重ね、地域に大きな円を作っていく木原さんのやり方には、たくさんの希望が詰まっていると強く感じました。