佐藤誠一さん

自分の持つ技術やアイディアで地元に恩返ししたい

「この仕事は、決まったものを作るのではなく、お客さんの希望を自分の手で形にするところが面白い」。

飯山駅の近くで営まれる「サトー看板店」の3代目、佐藤誠一さん。

車のボディに社名を入れたり、電気看板、タワー型の看板など、祖父の代からさまざまな看板を作り、ほとんどが飯山市内に掲げられています。

地元に軸を置いての仕事にどういう思いを寄せているか、お話をお聞きしました。

大学卒業後の修業期間を経て

祖父が、筆で看板に大きな字を書いていた姿や、仕事場での父の後ろ姿―子どもの頃、二人の働く姿が当たり前に身近にありました。

「自分ではあまり記憶はないけど、幼稚園の頃から跡を継ぐつもりでいたらしい」。

看板を作る際に出る木っ端をもらって、父の傍らで釘をひたすら打ち続けて4面全部を釘だらけにして遊んだりしていましたが、父から叱られたりすることは一切ありませんでした。

 

跡を継ぐことを見据えて、北海道旭川市の大学に進学し、芸術工学部でグラフィックデザインや空間デザインを学びました。

卒業後の2年間は武者修行で、休みもなく橋梁ペンキ塗りに全道を飛び回ったり、農業をしたりという生活。もともと両親とは2年間の約束での修業期間でしたが「約束はすっかり忘れていた」と佐藤さんは笑います。

 

跡を継ぐために佐藤さんが戻ってきたのは2002年。

北海道で出会った妻と1年間遠距離での交際を経て、2003年に結婚しました。

手書きからコンピューターへ時代は変わり…

最初の5、6年は父と一緒に仕事をし、あれこれ意見もされたそうですが、今は完全に代替わりし、「自分のやり方でやっている」という佐藤さん。

ずっと看板屋の仕事を見てきましたが、手書きからコンピューターでの制作に時代は移り、祖父や父の頃とは設備投資も時代に合わせて行ってきました。

 

ペンキさえあれば書ける手書き看板は、材料は少なく技術で勝負の世界。足場が不安定なところで、下書きなしで字を書くのは、看板屋さんならではの技です。

「コンピュータ化で誰もがやりやすくなり、昔の看板屋とは違って書く技術がなくてもできてしまう部分はある。でも、おやじは『形にはなるけど、基本があるかないかで出来は変わる』と言っています」。

看板づくりは木や鉄など、素材が様々で応用力が必要な仕事。どうやって作ろうかと考えてチャレンジするのもやりがいの1つだと、佐藤さんは唯一無二の自分だけの仕事を形にしています。

「クライアントさんの希望だけでなく、そこにプラスアルファをすることで、看板を見たお客さんが喜んでくれるのを見るのがうれしい」。

父として

佐藤さんは、中2、小6、6歳の3人の男の子のお父さんでもあります。

長男は、佐藤さんの仕事に興味を持っているようで、自宅隣の仕事場にもよく来ます。カッティングマシンを使うときなど、「そっち押さえていて」などと頼むと、すぐに手伝ってくれるそうです。

佐藤さんは「お駄賃をもらえるからね」と笑いますが、父の傍らにいる姿は佐藤さん自身の子ども時代にも重なります。

長男が小学生の頃、夏休みの自由制作で「水で動くショベルカーを作りたい」と、油圧の部分を水で動かすショベルカーを制作するのを、一緒に動画を見て研究しながら作りました。

物作りが好きなのは、父である佐藤さんの働く姿が幼い頃から心に染み込んでいるせいもあるのかもしれません。

「いいやま雪まつり」の実行委員長を経て

「ここで生活をさせてもらっているので、自分の持つ技術や能力で地域の人に恩返ししたい」。

佐藤さんは、飯山を離れていたときも、「こんなことをやったら面白いんじゃないか?」と、常に飯山のことを思っていたといいます。

「看板を書くのは、ただ名前を書くというだけでなく、デザインの持つ力が大事。デザインによって劇的に変わるということを、もっと知ってもらいたい」。

既製品にとらわれない発想でやっていきたいと話します。

 

16年からは「いいやま雪まつり」の実行委員会青年部に入り、19年は実行委員長を務めました。雪まつりは、雪像コンテストやステージイベントなどで賑わう、飯山市内の一大イベントで、2020年に第38回を迎えます。毎年7月に正式に実行委員会が立ち上がり、10、11月頃に内容が固まってくるそうです。

「でも、『次はこうしよう』と頭の中には1年じゅう雪まつりのことがあります」。

昨年10月には、環境スポーツイベント「SEA TO SUMMIT」に参加。参加者はカヤックと自転車を使いながら、千曲川を下って、中野市・山ノ内町・木島平村の境にある高社山まで登ります。佐藤さんは、「雪まつりのアピールをしよう」と、看板屋の技術を生かして、自転車に雪まつりのアピール看板を取り付けて参加しました。

 

委員長になると、普段はできないことをできたり、会えない人と会えたり、様々な部会との調整を行ったりと、大きなイベントならではの面白さと大変さがあります。

現在43歳の佐藤さん。

「もっと若い人に実行委員長をやって経験を積んでほしい。自分からバックアップしてあげたい」。

市内の若手を育てていきたいと考えているそうです。