高柳克章さん

地元に戻って約20年、今だからわかる飯山の挑戦しやすい土壌

飯山市で60年あまり続く株式会社北誠商事は、雪深い飯山の暮らしに根ざした総合建設企業です。地震に強く、断熱に優れた木造建築を得意とし、最近では木製ビニールハウスの開発にも取り組んでいます。北誠商事の跡継ぎとして、青年会議所や地域の活動にも広く取り組む高柳克章さん。自らが歩んできたからこそわかる、飯山の魅力を語ってくださいました。

何事も後ろ向きだった20代

高校は、長野市の長野工業高等専門学校(高専)へ進学。当時の先生の勧めを受け、土木の道へ進みます。「もともと長男なので、飯山に戻ってくるんだろうなという思いはありましたね。順序はどうあれ、建築は関わりたいなと考えていました」。
卒業が迫った高専5年生のとき、高柳さんは、思い描いていたのとは違う、地元へ戻る選択をします。「田舎は好きじゃなかったので、東京に出たい!都会に行きたい!みたいな思いももちろんありました」と、高柳さん。具体的な夢というよりは、漠然と憧れがあったと言います。しかし、通っていた科が土木系だったこともあり、建築の就職はあまり巡り会いがなく、進学も考えられない状況。「半ばニート同然で、“とりあえず地元戻るか”っていう感じでした。20代の頃は、働くことにも地域のことにも、なかなか興味が持てず、後ろ向きの思い出が多いです」。

憧れの先輩たちとの出会い

高柳さんが変わり始めたきっかけは、人との出会いの積み重ねでした。
「断れるものは断ってやろう、と思ってはいたんですが、田舎ならではの消防やお祭りの役は断れず・・・。青年会議所など、仕事を通じて外に出ることも増えていきました」。
地域の活動にしても仕事にしても、「入ってやらないのが一番最悪。やってないのにはじめから諦めるのも違う」と話す高柳さん。「まずはできることを断らない。このスタンスは、青年会議所で出会った少し上の先輩のやり方を真似たものです。地域に出るようになって、憧れや手本となる存在は、自分の身近にいたんだと気づきました」と、当時を振り返ります。

20代はモチベーション低く取り組んできたという仕事も、青年会議所での出会いから、捉え方が変わっていきました。「入っているみんな、若手経営者なんですよね。自分で何かしらをやっている人たちで。初めから家業に入った自分は、他の会社を全く知らなかったんです」と、高柳さん。周囲の話を聞くなかで「これは自分もやらないと」と、心が決まっていきました。それと同時期に、社内での立場も役職が付き変わってきています。
そうして、外に出なければならない環境、人と話さなければいけない状況が、行動したからこそ得られる説得力や自信に変わっていきました。

挑戦を続ける、若手が育つ職場を

 

会社の経営に携わってからは4、5年が経ちました。北誠商事では、住宅の設計施工を中心に、木製農業ハウスや木製のアーチを使ったグランピングなどの開発を行なっています。
壁や構造はオリジナルの製法も多く、木造でも地震に強いのがポイントです。

「頭数が減ってきている建築業界では、頭打ち感がどうしてもあって、住宅だけで生き残るのは厳しい」という高柳さん。そこで始めたのが、社長のアイディアを形にした木製ビニールハウスでした。アルミパイプに比べてハウス内の温度変化が少なく、冬でも冷えないのが特徴です。雪深い飯山でも冬に農業ができるよう、地域のことを考えて取り組んだ開発でしたが、今では県内にとどまらず県外からの問い合わせも増えています。

 

またハウスのアーチ型天井にも注目し、信州大学との共同企画も進行しています。現在は、アーチの直径を9メートルまで広げることに成功し、住宅の屋根への展開が期待されています。「屋根を独立してアーチ状に保つことができれば、室内の居住空間に柱が不要になります。間仕切りだけで室内の設計ができれば、リフォームや自由度の高い木造住宅になるのではないかと、ワクワクしています」。
現在社内の大半は、20代から30代という北誠商事。フットワーク軽く、各方面に挑戦を続けています。

地域活動を通して感じること

高柳さんが関わっているひとつに、飯山市若者会議があります。“こうしなければ”という決まりが特になく、若手の意見をどんどん提言として市へ伝えていける貴重な機関だと、高柳さんは捉えます。
「当初は子育て移住部会の部会長でした。飯山の若い人は、言いたいことがあっても表立って言うことがあまりないと感じています。鷲森会長が強く引っ張っていってくれるので、いい意味でどんどん巻き込まれていって。地域に保育機関が増えるなど、確実に変わりつつあることも感じますが、どこまでできるのかという不安もあります」。
副会長の高柳さんの役割は、全体の調整役。時には会長の暴走を抑えつつ、着々と計画を実行していく冷静な視点も忘れません。「僕自身が自発的でない受け身だからこそ、改善点や調整点を見出しやすいんです」と、頼れる一面を垣間見ることができました。

昨年は、(一社)みゆきの青年会議所 理事長も務め上げた高柳さん。地域も規模も様々な経営者と出会う1年を過ごしたといいます。“飯山市ならではの強みはありましたか?”の問いには、「小さな企業が多いなと、改めて感じました。“自分もプレイヤー、最悪1人でもやる”という現場感覚の人が多いです」と、答えてくださいました。
「起業を考える人、何かチャレンジしたい人には好環境なんじゃないかなと思います。相談しやすい、リアリティのある参考事例を持った人がたくさんいるんです。自分も、そういった先輩に助けられる場面が今も多々あります」。

また、「飯山には就職先が多いわけではない」という話もありました。
「地域に残る人は、何かやっている人が多いと思います。楽なことではないけれど、今後どんどん、挑戦していくプレイヤーが増えたら嬉しいですね。一経営者としては、まずは従業員に対しても、お客様に対しても責任を持って確実に。住宅を通じて、続けていける顔の見えるつきあいを地域で作っていきたいと考えています。機を見据えつつ、攻めの姿勢で可能性を探っていきたいです」。そういって、楽しげな笑顔を見せてくださいました。